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〜プロローグ〜

 戦前には「若い人」、戦後には「青い山脈」「あいつと私」「丘は花ざり」などの国民的ベストセラーを連発し、当時の一般大衆から広く愛読された石坂洋次郎原作の小説は。多くの作品が映画化やテレビドラマ化されました。私の学生時代、書店の文庫本コーナーの本棚には、「石坂洋次郎」作品の本が所狭しと並んでいましたが、今では見る影もなくなりつつあります。所詮、一過性の流行作家として、時代の寵児と片付けるには、あまりにも戦後の時代に「百万人の作家」と称される程に大きな影響をもたらしました。近年、衛星放送などで石坂洋次郎原作の映画やテレビドラマを改めて観ると、今観ても色褪せないどころかゲーテに代表されるような「教養小説」として、その奥深さを感じます。

 石坂洋次郎作品は、理屈ぽいところがありますが、これは戦前・戦中を過ごした世代の、戦後の若者への人生の応援メッセージのように感じます。「こう生きてほしい、こんなことも考えてほしいと」、その温かさを感じます。かつて、作詞家・精神医・大学教授として多方面で活躍された北山修氏は、若い頃に上の世代から「戦争も知らないくせに」と事あるごとに言われ、その反発から名曲「戦争を知らない子供たち」が生まれました。後年のエッセイ「人形は語らない」(1983年2月25日・朝日出版社)の中で、「戦争も知らないくせに」は、若い世代への戒めであり、応援ではなかったかと振返ります。北山修さんと同様な感想が、石坂洋次郎作品には感じられます。

 石坂洋次郎(いしざかようじろう)さんは、1900年(明治33年)1月25日に青森県弘前市代官町生まれます。青森県立弘前高等女学校、秋田県立横手高等女学校に勤務し教職員生活を送ります。教師をしながら書いた「若い人」が人気を博し、戦後、朝日新聞に「青い山脈」の連載を開始し、新しい時代に対する期待が明るく描かれていで、戦争で疲れきった人々から大変な好評を得て、原節子さんや吉永小百合さんなどの主演で映画化されました。その後も「丘は花ざかり」「雨の中に消えて」など作品を発表し、1986年(昭和61年)10月7日に86年の生涯を閉じました。

 当サイトでは日本テレビ系・月曜日に放映された松竹制作『風と樹と空と』『青い山脈』『何処へ』『続・風と樹と空と』、日活制作『雨の中に消えて』『あいつと私』『ある日わたしは』『花と果実』『若い川の流れ』『颱風とざくろ』及びTBS系・日曜日に放映された『あいつの季節』の昭和40年代のテレビドラマを中心しています。ストーリーやキャスト・スタッフとともに、高度成長期の日本の時代背景、変貌する街々の風など紹介していきます。石坂洋次郎原作のテレビドラマを観て、石坂洋次郎さんの世界と昭和40年代前半を振返り、明日への糧にして頂ければ幸いです。
2011年10月 管理者「マヤの暦」)