【スペイン流行歌手 グループ編】



 スペイン民謡の伝承者たち<NUEVO MESTER DE JUGLARIA>
  男性4人、女性2人の合計6人のスペインのグループで、スペインの民謡やロマンセを現代的なアレンジと美しいハーモニーで人々を魅了しています。
  1969年に伝統的な音楽の復興を目指してグループの活動を開始しました。次々にアルバムを発表して埋もれていた伝統的な音楽を現代に甦らせました。また、スペイン各地でコンサート活動を精力的に行い、幅広い人々の支持を得ています。
  日本では1980年代前半にNHK教育テレビ「テレビスペイン語講座」でスペインの美しい風景とともにオープニングソングとして「LAS CABRITILLAS」(アウストリア地方の民謡)、「SERRANA MIA」(サラマンカ地方の民謡)の2曲が使われ、軽快なリズムと美しいハーモニーで好評を博しました。
  私は上記の2曲以外に「RONDA DE JUAN」が密かに好きな一曲です。是非生演奏を聞いてみたと思うグループです。残念ながら日本でのレコードやCDの発売実績はないようです。
 全米ヒットチャート・ベスト10のスペイングループ<MOCEDADES>


  1974年にスペイン語の曲がアメリカの音楽誌のヒットチャートでベスト10に入る大ヒットとなりました。年間チャートでもビルボード誌で第80位にランクされました。その頃私は中学生で、当時のFEN(駐留米軍向けのラジオ放送)から毎日のように美しい旋律にスペイン語の詩がよくマッチした曲をよく耳にしました。その時、そのレコードが日本では発売される予定がなく残念に思ったものです。(後日、ビクターレコードより発売されました。)
  それから20年後にスペイン・マドリードで偶然買った「MOCEDADES(モセダデス)」と言う女性2名、男性4名の6名グループのレコードの中にラジオから慣れ聞いた曲が入っていました。その曲の題名「Eres tu(あんたは)」です。二十数年ぶりの思わないところでの邂逅に非常に感動しました。
  1992年のスペイン滞在中に地下鉄「バンコ・デ・エスパニャー」の地下通路でギターで女性が透き通った美しい歌声で「Tomame o Dejame」を歌っていて、国民の中に彼らの歌がいかに浸透しているかが窺われます。
  アメリカで英語以外の曲が上位にランクすることは少なく、1970年代までに第1位を獲得したのは坂本九の「スキヤキ(上を向いて歩こう)」の日本語、スール・スーリールの「ドミニク」のフランス語ぐらいではないでしょうか。
  私は「El agua no tiene color(水には色がない)」「Adios amor(愛よさよなら)」が彼らの作品の中で気に入っています。1986年にアルバム「COLORES」などを発表し、今も美しいハーモニーで人々を魅了しています。
 子供たちの歌<VILLANCICOS,CANCIONES PARA NINOS>
  クリスマスも近づく12月はマドリードの街はクリスマスのイルミネーションや飾りで美しく彩られます。中央広場では、クリスマスの飾りや贈り物を売る露天商が立ち並び、仕事帰りの人々で夜遅くまで賑わいます。そんな店の一軒で子供のためのカセットテープを2本買いました。
  1本目は「18 VILLANCICOS(ビジャシンコス)(sin pausa)」という題名のテープです。「VILLANCICOS」はクリスマスに歌う民謡的な宗教歌のことです。「Compana sobre campana」 「Campaitas de Navidad」などスペインでは子供なら知っている曲が18曲収められています。歌は少女4人組の「Quita y Pon」というグループです。
  もう1本は「50 para NINOS(子供のための50曲)」で、ノンストップで次から次に歌が続きます。歌うのは1本目と同じく「Quita y Pon」です。この50曲の中にに日本のアニメーションの主題歌として有名な「アルプスの少女ハイジ」(渡辺岳夫作曲)が入っていました。スペイン語の題名は「Abulito dime tu(おじいさん私に教えて)」です。スペインではテレビで「あしたのジョー」などの日本のアニメーションが多く放映されており、「アルプスの少女ハイジ」もその中の1本のようです。また、日本で「ひらけポンキッキ」で1990年代に挿入歌として使われた「ワッハハ体操」のスペイン語版も含まれています。
 気軽に楽しめるオペラのスペイン版「サルスエラ」
  サルスエラはスペインのオペラですが、肩苦しくなく気軽に楽しめるミュージカルです。私はマドリード滞在中に市街地の北の住宅街にあるマドリード2という劇場に2回足を運びました。観劇料金は、日本では考えられない安さの約1500円程度です。幸に四列目のオーケストラの目の前の良い席を取る事ができました。また、脚本と作品の解説が書かれた充実した内容の本が無料で貰えます。
  1回目の作品は「CHORIZOS Y POLACOS」という題のサルスエラを観に行きました。1876年にマドリードのプリンセス・アルフォン劇場で初演されました。作者は「LUIS MARIANO DE LARRA」、音楽は「FRANCISCO ASENJO BARBIERI」です。2回目は「EL DUO DEAFRICANA」という題で、1893年の作です。作者は「MIGUEL DE ECHEGARAY」、音楽は「MANUEL FERNANDEZ CABALLERO」です。どちらも喜劇で軽快な音楽と19世紀の可憐な衣装でスペイン語を充分理解できなくても楽しめました。
  「CHORIZOS Y POLACOS」のCDはレコード屋で見付りませんでしたが、「EL DUO DEAFRICANA」は買うことができ、今でもその時の楽しい雰囲気にしたりながら聞いています。その他に「AZUCARILLOS Y AGUARIENTE」と「LAS GRAN VIA」のCDを買い、いつの日かそのCDのサルスエラを観るのを楽しみにしています。
  なお、マドリードで観る機会を得たサルスエラ2作品については、スペイン自由研究の課題にしたいと考えています。
【サルスエラ(Zarzuela)】17世紀の半ば頃、スペインの王族がサルスエラと名付けたマドリード郊外の離宮で楽しんだ歌と踊りの入った芝居が元になっているスペインの国民的なオペラ(オペレッタ)のことです。セリフの部分と歌われる部分があり、劇の内容は喜劇的なものが一般的で、18世紀〜19世紀に盛んに新作が作られ上演されました。
 スペインポップスの先駆者<DUO DINAMICO
  私がマドリード滞在中に「フィルムテカ・エスパニョーラ」で「映画の中のマドリード」の特集が組まれていました。その特集映画の1本としてホセ・ルイス・ガルシ監督のデビュー作品「Asignature pendiente(未解決の科目)」が上映されました。この映画のなかで、Duo Dinamicoの1960年の「Quince anos tiene mi amor(20年間私の愛を持ち続けた)」は主人公が昔の恋人時代の楽しいデートの情景に、1966年の「Como ayer(昨日のように)」が学生運動に熱中した頃に使用されてました。
  Duo Dinamicohaは、Manuel de la CalvaとRamon Arcusaの男性二人(写真)のデュオです。1960年代から活躍するスペインポップス界の開拓者であり、作曲家であり、作詞家でもあります。また、多くの映画にも出演しています。現在も精力的にスペイン国内を中心にコンサート活動を続けている国民的に人気のあるデュオグループです。また、1992年、マドリードに長期滞在した頃、デパート「エル・コルテ・イングレス」のテレビCM曲に「Quince anos tiene mi amor」の替え歌が使われていました。
 スペインのディオグループ<Sergio y Estibaliz>
  1982年頃にNHK教育テレビ(現:Eテレ)のテレビスペイン語講座の中で紹介された曲・Sergio y Estibalizの「calle preciados((Joaquin Lera - Juan Antonio Muriel)」は、スペインポピューラソングの中でも私が好きな曲です。「calle preciados」は、マドリードの中心街にあるグランビア通りとプエルタ・デル・ソルを結ぶ歩行者専門道路で、EL CORTE INGLESなどの有名デパートや高級店が立ち並びます。その賑やかな様子を軽快に唄っています。
  「Sergio y Estibaliz」は、Sergio BlancoとEstibaliz Urangaの男女のスペインのデユオグループです。二人は、スペインを代表するMODEDADESのメンバーでしたが、1972年12月にグループを離脱して、翌年にデュオ・グループ「Sergio y Estibaliz」を結成し、'Tu volveras' (1975年)などのヒット曲で出しています。また、1975年には二人は結婚し、二人の娘さんをもうけています。残念ながら、Sergio Blancoは2015年2月15日に66年の生涯を閉じました。