はじめに
  私が最初にスペインを訪れたのは1981年2月でした。その当時のスペインはフランコの独裁政権が終焉を迎え、国王を中心として民主化への道を歩んでいました。マドリードの街には明日への希望と人々の活気が溢れていました。しかし、その時にフランコ時代の軍人による国会乱入のクーデータが起きました。
  その後2回旅行で訪れ、さらに1992年に約9ヶ月間マドリードに滞在する機会を得ました。1992年はスペインにとって重要な年でした。@バルセロナでの夏季オリンピック、Aセビジャでの万国博覧会、Bコロンブスのアメリカ発見500年、Cレコンキスタ(再征服運動)で最後のイスラム勢力・グラナダ王国の制圧完了500年、Dカステジャ語(スペイン語)編纂500年、E文化の重要なヨーロッパ・マドリード年の6つの出来事です。その時の滞在中の体験記を掲載します。
 スペイン社会
  私の滞在中のスペイン国内の社会事件の主なものは以下の通りです。
              ★ドミニカ人のスキンヘッドによる殺人事件★
  スペインの合法的な外国人の滞在者は, 108,372人で内訳はモロッコの48,284人で最も多く, 後アルゼンチン,ペル- , ドミニカの南米の国が続きます。これは合法的な数字で不法在留数はかなり人数に昇るもと思われます。マドリ-ドでは警察官が盛んにパスポ-トのチェックを行っているが日本人には全くありません。
                    ★フランコ生誕100年★
  フランコ生誕100年は, フランコ支持派と反フランコ派がデモがあり,警備の警官で物々しかった。スペイン人は今はフランコの影響はないと言いますが,街の各所の掲示は「〜を貴方に要請します。」と書かれています。これは,フランコの時代に「〜は禁止する。」が多く,それに抵抗を感ずる為だそうです。
                       ★水不足★
  スペインの中南部は慢性的な水不足ですが,去年の末から今年の初めにかけて毎日のように新聞を賑わしました。特にアンダルシア地方は酷く12時間の給水制限を実施していました。教会では雨乞いのミサが行われ、その甲斐?あってついに雨が降りました。